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祇園精舎の鐘が・・・ない!? 

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祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

平家物語の冒頭の有名な一節ですが・・・ふと、疑問に思ったわけ。
何で、「音」じゃなく、「声」なんだろう?
「諸行無常の響き」って、どんな響きなんだろう?

で、調べていくと、なんと意外な答えが。。。


まず、調べていくと、
「そもそも、祇園精舎に鐘なんてなかったんだよ。」
というようなことを書いてある本があることがわかった。
(中村元 『古代インド』講談社学術文庫 2004年 139頁)
つまり、祇園精舎(※)ができた紀元前500年頃の古代インドには梵鐘そのものがなかったというのだ。

(※)祇園精舎(正式名:祇樹給孤独園精舎、ぎじゅぎっこどくおんしょうじゃ)
「祇園精舎」は、インドの舎衛城のスダーッタという大金持が釈迦に寄進した精舎(出家修行者が住む寺院・僧院)です。ということは、釈迦が誕生したのが紀元前500年前後だから、祇園精舎もその頃にできたわけだ。

wikipediaにも、
「仏教はインドに起源を持ち、アジア各地に広まった宗教であるが、梵鐘に関してはその祖形をインドに求めることは困難であり、中国古代の青銅器にその源流が求められる。」
つまり、
仏教が中国に伝来したのが1世紀頃なので、梵鐘が中国発祥だとすると、インドに梵鐘が伝わるのはそれ以降だよね。
だから、「古代インドには梵鐘がなかった」というわけだ。

なるほど、「古代インドには梵鐘がなかった」というのはわかった。
しかし、これって論点がずれてるよね。
だって、平家物語は、鎌倉時代の作品だぜ。
だから、古代にあったかどうかなんて、どうでもいい話で、
要するに、「1200年代の祇園精舎に鐘があったのかどうか」が問題なわけだ。

じゃあ、1200年代の祇園精舎に鐘があったのか?

祇園精舎について、7世紀にインドを訪れた玄奘(602-664)は、その著『大唐西域記』の中で、「昔は伽藍があったが、今は、もう荒廃している。建物は崩壊してしまい、ただその跡があるだけだ。」と述べている。

つまり、鐘があるとかないとか、そういう問題以前に、祇園精舎そのものがボロボロ・・・。
たとえ鐘があったとしても、人がいないのでは、鐘が鳴るわけでもなく・・・。

お~い、平家物語、ウソついちゃダメだよ。

いや、ちょっと待て。
平家物語の元ネタは、平安時代中期の天台僧の恵信僧都源信(942-1017)の記した「往生要集」だ。
この「往生要集」には、次のような記載がある。
「“諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽”
祇園寺無常寺の四隅に、頗梨(はり)の鐘ありて、鐘の音の中に、またこの偈を説く。」

つまり、諸行無常の響きを奏でるのは、「頗梨(はり)の鐘」なのだ。
で、頗梨(はり)を調べると、①水晶、②ガラス、とある。
まさか、水晶で鐘は作れないと思うので(作れるのか?)、祇園精舎の鐘は、「ガラスの鐘」だったんだろう。
とすると、当時の技術で、ガラスで大きな鐘を作るのは無理だろうから、せいぜい、風鈴くらいの大きさだったのではないだろうか。

こう考えると、荒廃した祇園精舎に残された風鈴が奏でる声は、諸行無常の響きあり・・・かも。
なるほど、平家物語、やるじゃん!

というわけで、祇園精舎の鐘の「諸行無常の響き」は、
「ゴーン」じゃなくて、「チリ~ン、チリリ~ン」じゃないかな~。

【こ】
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[2014/09/18 15:59] 「全校舎共通」 | コメント (0)

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